
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を見ていて、何か引っかかったことがあった。
大泉洋演じる(なんか違和感のある)源頼朝が、最初の石橋山の合戦で敗走した後、肌身離さず髪の毛に隠しておいた小さい観音像を置いていく場面があった。わしが死んだあと見つかったら、こんなものを持っていたのが見つかるとみっともない。ということで山の中においていくんだけど、ん?どっかで見たような。という感じ。
「鎌倉殿の13人」のネタ本というべき「吾妻鏡」の現代語訳を見てみると、この場面は書いてあるのは当然だが、んんん?どっかで見たなと写真をひっくり返すと、あったあった。
鎌倉の法華堂跡だ。源頼朝の墓があるということで、ブラぶらぶらと歩いていったところだ。鎌倉の鶴岡八幡宮のから東側にちょっと歩いていったところにある。

まあ墓そのものは見てもそんなに面白くもないんだけど、源頼朝の墓があるのはちょっと感慨深い。
もともとここには頼朝の公居(すなわち鎌倉幕府)の一部で、例の小さい観音像が納めてあった持仏堂があり、頼朝が死ぬとここに葬られ、法華堂と呼ばれて仏教形式で頼朝の仏事が行われていたという。それが明治の廃仏毀釈で例にもれず、なんだか無理やり神社(白旗神社)になって今に至るという(白旗神社由緒による)。
明治の廃仏毀釈前後のゴタゴタは、みんな忘れてるけど、明治維新の前は福岡の天満宮やらなにやら、大きな神社はほとんど寺が支配していて神仏混交だった。というか、お寺だったのだ。まあそれはいいとして。面白いのは法華堂跡についての説明石碑。

あらららら。頼朝の死後、北条氏が実権を握り将軍は殺され、さらに北条氏の身内やらなんやらで血で血を洗う内ゲバに発展していくんだけど、そこらへんの話がちょっと書いてある。三浦泰村というのは、いま大河ドラマで山本耕史が演じている三浦義村の次男で、北条泰時(小栗旬)の側近として暗躍した三浦氏。ここで一族自害したのか。「満庭朱殷に染まる」って、庭が暗い血の色で染まったっていうことだよね。げええ。
ここら辺の内ゲバの流れはややこしくて、何が何だか、とにかく陰惨なんだけど、大河ドラマはどう描写するのかしら。そこまでいかない気もするけど。
ちなみに大河ドラマ主人公泰時の墓はこの敷地の東となりにある模様。行き損ねた。鎌倉って、日本で最初の武士政権が手探りで成立していった場所で、北条氏の時代はまさにそれに当たる。そういう意味では、鎌倉は史跡がゴロゴロしていて面白い。
